首筋を、やわらかに掴む。 そのあとで、必死にそれを、90度にねじ曲げる。 口径は徐々に徐々に開いていって、 最大限になったとき、ひゅっと、喉の奥に空気が入る。 そうしたら、あとは狭まるばっかりだ。 真っ赤な真っ赤なくちびるが、艶やかさなんて忘れたように、泡を吐いて潰れていく。 スカーフがよれて、手がたれて、足がひらいて、瞼はとじる。 息を止めていたおれは、それが完全に止まってから、何度も深呼吸をする。 深く、浅く、それはどこまでもランダムな呼吸で、 おれの小物さが少なくともいっぺんは、現れているはずだ。 「くそっ」 口からついて出てくるのは意味のない捨てぜりふだ。 聞いてる奴なんて、居るわけない。 ただ真っ赤な口紅が、その顔の周りについてただけだ。 熱っぽい色が、艶やかだった表情にとび散ってへばりついてただけだ。 過呼吸気味になって、おれは早足で路地を離れる。 汚れた革靴が、ひんやりした空気と反発するようにがぁがぁ音を鳴らしていく。 モダンな街が、嘘みたいに冷たくおれを見てる気がする。 「くそっ!」 もう一回出てくる捨てぜりふはさっきよりずっと感情がこもっている。 早足はどんどん駆け足になって、そのうち全速力になる。 どす黒い石畳は、足元でベルベットのような残冬の残像になる。 頬に冷たい風もくる。 街灯はゆっくり光の細い線になっておれを追う。 街じゅう、おれを包囲していくみたいだ。 息が切れる、肺も凍える。 手もかじかんで、走ってるのに足は棒のようだ。 光は周囲から線を集めて、何重の束にもする。 そしておれを追いかけるどころか、追い抜かして逆走してくる。 「・・・・・・!!」 目の前まで光・・・光というより閃光だ。 閃光が迫って、目の前で、おれを絡めとるようにはじける! おれはその閃光がとてつもなく恐ろしいものに思えて、ばたんとその場に倒れた。 痛みが後頭部にくる。暗闇を感じる。目を開ける。上はまた暗闇だ。 光は消えていた。街はまだおれを見ていた。 息を吸って、息を吐く。 白いまだらがむわっと上に広がる。 目がチカチカする。 身体中に浴びた閃光の残り火は消えない。 ああ、あの赤さ。熱のように淫猥だった赤さ。 それを、おれは今日もかすめ取った。 昨日も取った。おとといも取った。1年前も、5年前も取った。 何の感情もなく、今日みたいに取った。 きっと明日もあさっても、1年後も5年後もおれは取る。 深く、浅く。 ランダムな呼吸で、そうやって人を殺して、それでもおれは生きるんだ。 閃光は殺された人たち、並びに周囲の憎悪や敵意、あるいは哀れみの集合体のつもり・・・です BACK |