5本の指先が上手にマッチを擦る姿を見るとおれは感心せずにはいられない。 そして、そのマッチがまた上手に火を燃やし、上下に振られて消されるのを見ると、 なんとも言えず、おれはマッチがいとおしく思えてしまうのだ。 そういったマッチへの感情が余り余って、おれは煙草を吸う、相手の手を見るのが癖になった。 何度も手を見るうちに、煙草の煙も好きになった。 今では薄情なことにマッチよりも煙の方が好きかもしれない。 ゆっくり天に伸びる薄い白。 あつらえたようにも見えて浮かぶ模様は、おれをとてもいい気分にさせてくれる。 「好きだなー、おまえ」 相手が苦く笑って、天をぼうっと仰いでいるおれを見ながら言った。 いつもの銘柄の、いつもの香りと、いつもの煙。 口で揺れてる最後の一本は、ゆっくりと焼けていく。 「なんだよ、悪いのか?」 おれは天を見たまま、少なく笑って返事をする。 空気と揺れながら昇る煙の美しさはどんな言葉にも代えがたい。 光に吸収されながら、滲んで消えてく過程。きれいだ。 「別に、悪かないけどよ」 小さく声を切って、相手が素っ気なく返事を放る。 おれは会話を投げ打ったままにして煙を追った。 相手の溜息が聞こえる。相手も目線を上にあげて煙の線に目を細めるのが見える。 ゆるくゆるく、流れていく時間と煙。 こういうスピードの遅い時間の流れ、ってやつもおれは好きだ。 いつも流れている忙しい日々の中では余計に輝いて見える。 マッチを擦るのが上手い相手と、煙草の煙だけを見る時間。 悪くない。ぜんぜん、悪くない。 「俺も嫌いじゃねえんだよなあ、煙草のけむり」 左手から燃えていく煙草の灰を二度灰皿におとして、相手がしみを落とすように呟く。 おれの目が相手に映ると、相手はへへ、と情けなく笑ってみせる。 ゆるんだ頬から漏れた声はさっきとは違う素っ気なさをおれの前で演出して、佇んでいた。 煙はいつだって綺麗で危ういオブジェのままでそこにいる。 おれは灰皿を眺めて、少し意地悪く笑う。 やっぱり、ぜんぜん悪くなかった。 相手はおれと寸分も違わない、同じ気持ちでこの空間にいる。 悪い気分のはずがない。 こうやってばかみたいに笑ったって、誰も文句はつけないはずだ。 「柄じゃねえだろ」 おれの見ている灰皿に一瞬目をやって、煙草を口に持っていく。 美味そうにそれを吸う相手の顔に、おれも一瞬だけ目をやった。 相手は視線を空に揺らせて、まったく柄じゃない笑い方のまま煙を吐き出していた。 ふうっと、癖のある煙が部屋に弄ばれて伸びる。 静かに浮かび上がって、空中でほどけていく線の渦。 「いや、案外、似合ってる」 相手の作り出した煙に自然と焦点を合わせた時、おれは心からそう思った。 だから言葉になってこぼれた。 舞っている煙は、さっきのどれよりも丁寧に浮遊している。 それが、おれには嬉しかった。 「・・・何言ってんだ、おまえ」 前とは少し違う、別の一瞬の間。 そして、相手はおれを見て呆気にとられた様子で言った。 ぶさいくで品のない、間の抜けた顔。 やっぱりこの方がよく似合う。 「べっつに」 さっき聞こえたものと同じせりふを全く違う意味で、おどけたように反復する。 それを聞いて相手はほんの少しだけ悔しそうに舌打ちをして、おれを見た。 「バッカじゃねえの」 おれは、勿論いつものようにふやけた満面で笑い返す。 煙が立ち昇ったままの煙草を持って、相手もいつもの通りの慣れた仕草をおれに向けて、またぶさいくに笑った。 5本の指がマッチをうまく擦る姿が好きでおれは手を見るようになった。 そして、その手を見ているうちにおれは煙草の煙を好きになった。 おれは密やかに煙を見る。 煙草そのものから昇る煙。 灰から滲む煙。 空中でゆったりと舞っていく煙。 美しいそれらをずっと眺めていて、おれはまた次のものを好きになった。 煙ごしに見える感覚や声、言葉やはずれた目線たち。 指から徐々に示されたそれは、簡単でなんだか暖かい行きさきだった。 煙が、おれが、見つけたもの。 それは、当分おれだけの秘密になりそうだ。 |