Daytime







「せんせぇー、温度下げてくださいよー」
つめたい金属の机に頬をくっつけて、おれはぼやく。
目は薄くあけてるけど、眠い。
リモコンはすごい遠くて、ちょっと暑くて、だるくて、動ける気はしない。
「お前も先生だろうがよぉ」
べしっ、と何かで背中をたたかれる。
あんまり痛くはない。
いつもの悪態になんか安心する。でも、動ける気はしない。
「・・・夏休み中は学生ですよー」
おれは咄嗟にいい訳した。
自分でもつっこみ入れられるような変ないい訳。
薄目の先には、いぶかしそうな金髪とヘッドホン。
あれ、怒ってます?
「・・・ったく、しょうがねぇな」
ちっ、と目を見て舌打ち。
だけど仕草とは正反対で、あっけなく折れる。
緑のバインダーをつよく机に置いて、先生は乱暴に立ちあがる。
たたかれた「何か」は、たぶんあれだ。
あんまり痛くなかったし。
先生はおれをにらんで、おれの背中を通って、教頭席に置いてあったリモコンを手にとった。
おれはじっとりとその動きを目だけで追う。暑い。
「あー、ありがとうございますー」
声をちょっと高くして、うそっぽいお礼。
感謝、感謝、と手を頭の上であわせる。
「メロンパンは自分で買えよ、貧乏人」
げっ、まじすか?財布の中120円しかないんすけど。
そんなこと心の中だけでつぶやいて、心の中だけでおさえる。
言わないのは、なんかつまらない理由だ。
おごられっ放しにも、頭はさがる。
「はぁーい、っと」
腹から出すのも、あたりさわりない返事。
先生に根っこのとこは感づかれてほしくない。
まぁ先生はすごく勘がいいけど、隠せるだけは隠す。
絶対、ばれたら引かれる。
「ほら、投げるぞ」
そう言うのとおんなじ、先生は「よっ」って言いながらこっちにリモコンを放った。
きれいで速い残像。
それはおれの手に、はまったように収まってくる。
一方通行なキャッチボール。
微妙なぬくもり。うーん、ちょっと共感。
「25℃、25℃」
受けとったリモコンの温度は29℃になっていた。
おれはけっこうエコ好きだけど今日ばっかりは勘弁です、と青空のむこうの神さまに告げる。
ピピピと逆三角形のボタンを4回押す。
「この暑がりが」
右から声。先生だ。
先生はこの季節のくせにめくっただけの長袖のシャツ。
よれよれでシワはたくさん。
ネクタイしめてる分、おれよりちょっとマシな格好だけどやっぱだらしない。
「せんせぇは寒がりなんすねぇ」
あはは、と笑ってみる。
たぶん先生は寒がりじゃないと思うけど、いい。
タオル使います?なんて、頭も指さす。
「汗まみれのタオルなんぞごめんだ、ごめん」
椅子を引きながら、先生はきっぱりと拒否する。
まだお前が巻いてろ、とタオルごしに額を手でたたかれる。
先生のでかくてごつい手。
あつい生地ごしの感触。
それに気づいて思わず、おれは先生を見た。
「何だよ、ハジメ」
すぐさま先生からは、不思議そうな目。
すぐさま名前呼ばれて、呆然からさめるおれ。
「へ?なぁんでもないっすよー」
ごまかすように、心からなんでもないようにも一度笑う。
なんでもない、なんでもない。
冷房も効いてきたし、暑さもおさまってきてる。
「へぇ?ならいいけどよ」
眉をあげて、先生はバインダーに戻る。
メロンパンがなくて、口がさみしい。
それ以外で、おれは頭がよく回ってない。
「あー、涼しい」
うわごとのようにつぶやく。
おれは、わざとらしくないように体勢をかえて自分の手をタオルに持っていく。
眠くてだるくて動ける気はしなくて・・・・
「あーあ、すずしー」
ゆっくり、タオルと手がくっ付いた。
ちがう。
うそだ。
おれ、涼しくなんかない。