男は机に向かった。 そして椅子に座り、確かに思った。 『これは、なによりも、慈しむべきものなのだ』と。 机はヒノキの上等なもので、そこに乗った手紙は青い上品な紙でできていた。 電燈はぼうっとした橙で、カーテンは緑だった。 男は、椅子に深く腰掛けたまま、一度だけ深呼吸をした。 そして、この世は冬だと部屋に告げて、顔を手で覆った。 慈しむべきもの 慈しむべきもの 慈しむべきものだ 三度、男は何百デシベルの声で叫ぶ。心の中で。 上品な青に込められた想いは、一たび封を開ければ、 根腐れした抗いと、発酵した同情となって溢れ出してくるのを男はわかっていた。 それでも、これは慈しむべきものだ 鋼を模すように、男は覆った手に隙間を空けて、ちらりと青を見る。 そ知らぬ顔で、畏まった風で、青は無垢な上品さでそこに居る。 ああ、それなのに消えてもくれない 今日の月は三日月で、新月の次で、見事な鋭利だ。 雲は灰で、空は藍で、攻撃的なものは月だけだ。 風は忙しく外で息巻いて、叙情を寄越せと叫んでいる。 理知な言葉を、言い訳とする暇もなかった。 慈しむ、けれど、愛してはいない 昔、この類の青を食べる女がいるという噂があった。 女。女が男の頭を巡る。 口さけのような女。お岩のような女。ろくろ首の女。 そのどれもが、男に向かって優雅な格好で微笑みかける。 あるいは悲しい、あるいは愉快だ。 この際、どの女でもいいと、男は思った。 馬鹿だ、そっちがいいと感じていることだ、女だってことだ 慈しむべき青にヒノキが写る。 慈しむほど、根腐れする青。 恐らくそれより何ポンド分おぞましい男の想いは、 きっと何にも移らないまま、この夜で死んでいくのだ。 暗示のように己と言い聞かす言い訳は、私はあまり使いません BACK |