Loneliness




わたしは、ただ、たださみしくて泣いているのだ。
あのひとが心の底からしたかったことひとつ知ることもなく、
こうやって本当のひとりになってしまう自分があまりにバカな気がして、
おんおんと喉をつまらせて鼻もあかくして泣いているのだ。
「ひっ・・・く、えっ・・・」
泣いても、泣いても、涙が止まることなんてない。
わたしの目には巨大なタンクが積まれてるのだと勘違いしてしまうほど、
熱い塩水がいくぶんもぽたぽたとベッドのシーツに落ちていく。
わたしはすっ裸で、ベッドのタオルケットをにぎりしめたまま、
何時間もこうやって泣いていた。
もうなんで泣いているのかもよくわからない。
胸とあたまと全身に残っているのはただあのひとの匂いや感触やぬるい温度だ。
あのひとがガチャリと窓とドアをあけてここを飛び出したとき、
わたしはその様をただ見送ってることしかできなくて、
あのひとが本当にいなくなったんだ!と気づいたときには涙しかでなくって、
そこらじゅうにある本や雑誌を引っかきまわしては、
泣きやむ方法やいわゆる「失恋記事」なんてものを必死であさったけど、
どんな不幸なメールも浮気も夜逃げもたかりも、わたしを慰めることはなかった。
ある小説には、泣いているやつには甘いものを食わすのがいちばん、
だなんてことも書いてあったから、わたしは冷蔵庫にある甘いものをかたっぱしから食べた。
あんぱんから始まって、プリン、アイス、ジャム、ゼリー。
いちごにコンデンスミルクをたっぷりかけて食べたりもしたし、
あげくの果てには食パンにさとうをこれでもかって掛けて一斤まるごと食べたけど、
やっぱりわたしの涙はとどまることを知らずに流れつづけた。
もう冷蔵庫に甘いものはひとつも残ってない。
あるのは塩からいものだけ。
それだけ、わたしは本気だったのだ。
甘いものごときであのひとを一瞬だけでも忘れてしまえれば、
どんなにわたしは安らかな気持ちになれるだろう。
わたしは枕に顔半分をうずめながら、みすぼらしく鼻をすすった。
「・・・ぐずっ・・・ふっ・・・うっ・・・」
部屋にあるのは、わたしの泣きじゃくる声だけ。
ずうっと泣いていると、泣いているほうが普通になってきて、
泣きやむことが怖くもなってくる。
わたしが泣き止むときはあのひとをきっとどうでもいいと思うときなんじゃないか、
などとつまんないことも考えてしまって、それがまたさみしくて泣けてくる。
わたしがあのひとを思わないでだれがあのひとを思うんだろう。
あのひとは(一般的なだれかが見て)可哀相なひとだった。
あんまり整った顔じゃないからってのけ者にされて。
けど、あのひとは明るくて、つよくて、元気で、たくましかった。
どんなつらいことがあったって笑っているひとだったから、
わたしはあのひとを可哀相だと思ったことなんて一回もなかった。
そのくらい、あのひとのエネルギーは明るい方へ向かっていた。
だから、わたしはとても素直な気持ちであのひとを愛すことができたのだ。
けど。どうして。なんで。
やっぱり、わたしはつらい。
胸がつまって、はり裂けそうになる。
わたしはベッドの上でのた打ち回るようにして、もう一度部屋を見わたした。
あのひとがいた部屋。
あのひとがわたしといっしょにいた部屋。
ああ、さみしい。かなしい。
あのひとが最後に開けた窓はさぁっと風がふいて、
いっしょになっているレースのカーテンがふわりとゆれる。
まわりには、わたしが食べちらかした包装紙とかがだらしなく落ちてる。
本もあっちこっちに散らばって、さんざんな状態。
わたしはあのひとがすごくきれい好きだったことを思い出して、
カーテンだって週にいちどは洗うくらいのきれい好きだったことを思い出して、
せめてこの部屋をきれいにしていようと思った。
けれどわたしの体はなかなか言うことを聞かなくて、
10分くらいわたしは鉛ぐらい重い体をごろごろ転がしながら、
あのひとのことを思い、ようやく立ちあがったのだ。
「・・・」
立ちあがったとたん、また涙がほほにつたう。
乱暴にそれをぬぐって、わたしはまず服をきた。
そのへんにあったジーパンとTシャツを無造作に首と足にとおしながら、
おちている包装紙をゆっくりとごみ箱に捨てはじめる。
のろのろ、のろのろ。
亀のようにおそく、おそく、わたしは動く。
あのひとが見たら、きっと笑うぐらいおそい。
ごみ箱はいつしかいっぱいになって、わたしはおおきいポリ袋にそれを移しかえた。
次は本。
ちゃんと作者名50音順になっている本棚へ、注意ぶかく差しこんでいく。
差しこんでる間にも、涙はとめどなく流れつづけて、
わたしは冗談みたいに嗚咽しつづけていた。
本を差しこみ終わって、ていねいに床をふいて、掃除機をガーガーとかけている間にも。
でもあらかたの作業がおわると、部屋はうそのようにぴかぴかになった。
わたしはベッドに座って、部屋をゆっくり見わたす。
ぴかぴかになったこの部屋をあのひとが見れば、
きっとやさしい顔になるんだろうなと思うと、ちょっとだけ安らかな気持ちになることができた。
深く息をすって、ぼすっ、とベッドに倒れこむ。
あのひとがいた部屋。
あのひととわたしがいた部屋。
枕を顔におしつけて、がんばれ、とわたしは溶けそうな声で言った。
けれど、溶けそうな声で言ったとたんにまた涙はでてくる。
わたしのかなしさ、さびしさはこんなことで終わるほどのものじゃないのだ。
でもあのひとへ「がんばれ」と言えたわたしは、
あのひとのように、これからどんなつらいことがあってもなんとか笑っていけるような気がした。

泣くという行為こそすべてのものを剥き出しにするのでは

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