「ゆれるね、」 ひとりごと。そう思って、オフィーリアはわらった。 口元だけで、けれど、とても、やさしく。 彼女はだぶだぶした清楚な服のなかでかみの毛をちくちくさせている。 目の前では、彼女の高い背をゆうに越すほどの時計が、かちり、かちりと鳴っている。 左右に、左右に、ゆれている。 しずかに。他にだれもいない、まっしろな場所で。 「ひとり、だよ」 オフィーリアはひとりだった。 いつから? どこから? はじめから? 彼女はいつもこの疑問を胸のまんなかに置いて考えているけれど、 ずっと、ずうっと答えは出ていない。 彼女に記憶はない。 彼女に時間はない。 それを彼女はひとつも知らない。 ただ、わらって、時計を眺めている。 そればっかりをくり返す生活。 それをオフィーリアは「わたしにとってのしあわせ」だと理解しているのかもしれない。 そんなまっしろな少女。 虹色のかみの毛を持つ少女。 どこにもゆけない少女。 どこにもゆかない少女。 「しあわせ、ですよ」 きゃはは、とひとつ甲高い声。 ばたばた手足を振って、オフィーリアはまたわらった。 ちょっと、やけくそのような顔にも見えた。 聞こえている? と今度はこちらが疑問。 なにも干渉はないけれど、感じているのかな? 高い声を出してつかれたのか、彼女は大きく口を開けてため息をついた。 暗さのないため息は、まるで天使の口づけ。 そのままオフィーリアはばったりと床へ倒れこんだ。 その拍子に床いっぱいにしき詰まった羽根が空気をうけてはねた。 きらきらした羽根。 純白の羽根。 天井のない天上へ、のぼっては落ちる。 「つかれたね、」 それをオフィーリアは静かにながめていた。 彼女が天井の天上をすこし憧れているのは知っている。 ふざけた映画のように、焦がれているのは知っている。 でも彼女はその一方でおとなしく諦めてもいた。 届かないもの。 願っちゃいけないもの。 日々消化されていく思い。 「かなしい、な」 失ってまで望もうとする力をオフィーリアは持っていなかったから、 彼女は天井を見上げてかなしい顔をした。 時どき波のように数字の群れが襲ってきてさらわれそうになるのや、 白が黒になるぐらいのスピードで、 この空間にツタがはびこってしまうのを思い出してしまったのもある。 そのたびに、彼女はこの場所にもいやな事がある、 とつよく感じているようにも見えた。 「わたしにとってのしあわせ」、 そう理解していたはずのこの場所のおだやかさ、 そんなものが揺らいでしまうのが怖かったのかもしれない。 「しあわせ・・・・ですか?」 おや、こんどはまっすぐな疑問。 聞こえているのですか? そうやって、今度はこちらも笑ってみた。 彼女の大の字の格好はきれいだなんてつまらないこと、すこし思って。 「ゆれる、せかいを、・・・・」 でも彼女はこちらの返答を聞きたくないって仕草、 そう、手を両耳に当てるようにして丸まった。 それは彼女が休む時の決まったポーズ。 奔放なすべてを癒す、ある意味のかべ。 そして、おまけの意味深なことば。 鈴が鳴るように、ふらふらするような気持ち。 かちり、かちり、かちり。 オフィーリアの息づかいさえ消すようにして、 ぐらぐら、ゆらゆら、時計はひびく。 おおきい時計の身の丈は、すなわちこれ空間の証明。 ひとりはつづく。 時計はとまらない。 ゆれた、せかいに。 ゆれる、せかいを。 少女は今日もただよっている。 目をとじて。 やさしい、かおをして。 |