31/ ああ、世界が揺れて城はこわれる ビニール袋はがさがさ唸って外壁はがらがらくずれる 「愛しさをみつけなさい」 あなたは叫んでゆっくり微笑みこの手をはなす なんと言えば、なんと言えば、なんと言えばいいだろう 「ごめんなさい」 考えぬいた末の鼻のつまった声はおれの耳にさえとどかない なのに何故あなたの声はここまで響くほど大きくてうつくしいんだろう がらがらがらがら音がする ばしゃばしゃばしゃばしゃ踏みつけられる それでもあなたはゆっくり手をはなして おれに向かって言ったんだ 「ながく生きなさい」、と 32/ 触れたって、重ねあったって、繋いだって、 届かないものがあるのをきっとあなたは知らない あなたはけたたましく笑ってはおれの額や腕やへそを愛すから 『愛す』ってことを頑ななまでに信用しきっているから おれの額にはなにがある?例えばちいさいにきび、そして汚れた脳みそ おれの腕にはなにがある?例えば程よいぜい肉、そして死にそこなった骨 おれのへそにはなにがある?例えば大きいほくろ、そして黒々しい想い それ全部はおれをはなから形成してるもので あなたにはまるで縁のないむなしさのゼリー寄せだ すらりと伸びた白い肌、たまに見るうなじ、小さい顔 そんなものばかりのあなたはきっとおれを知らない 舐めあうばかりで充するおれをきっとあなたは知らない 無垢なあなたは、白いあなたは、あなたは、あなたは、あなたは、きっと 33/ かたまりの中でもきみは 一際目立ってきらきらしていた 石と宝石しかない眼たちのなかで きみはまぎれもない金ぴかのゴールドだった にごった水を清いものにして くさったパンをしたたるステーキに変えた きみはほんとうに素晴らしかった まわりだって誉め称えた 妬みもなかった 誰ひとり疎ましいことなんて言わなかった きみはほんとうに本当に素晴らしかった きみが褒め称える誰よりもきみは素晴らしかった ああ あんなに素晴らしかったのに 周りはまた 石と宝石だけの眼がうろつく世界だ 34/ きみのこころは知るものか はたして無色透明か くすんだ石より輝くものか 息したこころ 白くなるのか 銀河以上の 距離があるのか 目を瞑ればほら まだらの宇宙 35/ 潔白の身の上に生きる ふさぎ込んだ重罪なんてすっかり忘れたと小鳥も謳う 指先で確認してまっさらな愛情だけ噛みしめる 嗚呼泥のうらぶれた世界よ ぬけ出したこの体はなによりも屈強で自由だ 誰が嘆きを手にしようと知るものか 重い鎧はもういらない 悪い竜は消え去った 石版の悪しき未来よさらばだ 僕は僕が手にした幸福を持って帰るんだ 『フェイクの月色キャンディーだけは舐めちゃいけない』 そんなことだってもう夢の世界さ |