ベランダの柵にもたれ掛かり、空を見る。 飽くほど快晴、色は真っ青、気温は快適。 横からは、気持ちのいい南風がさあさあと吹いてくる。 ぼくは、昨日まで風邪を引いていた。 風邪、と言っても別にひどいものじゃなく、 喉が少し痛むだとか、鼻水が少し出るだとか、心配されない程度の風邪だ。 部屋には引きっぱなしの布団が置いてあって、 (ぼくの部屋はお世辞も言えないほど狭い) 今どきあまりないちゃぶ台の上には、 返信の返ってこないメールがひとつ押し込められた携帯が置いてある。 「・・・・・・」 天気と、人の心には、それなりの相互関係がある、と時たまぼくは思う。 そう思うのは、大抵そんな考えに異論を唱えたい時で、 今も、・・・というか今このときに、『それは違うなぁ』とぼくは言いたいのだ。 「綺麗なのに」 青々しい空は、機嫌のいいぼくが見れば、 きっと幸福を与えつづける幸せ製造機にもなるんだろう。 空は嫌いじゃない。 だけど、今のぼくには辛い。 どしゃ降りには満たない、小雨だと足りなさすぎる。 そんな微妙な雨模様が、胸の内側では展開されているんだ。 「あーあ」 どうしたらいいか分からないため息に、目の前を優雅に飛んでく鳥に、くしゃみが一回。 きっと、つまらない噂を、考えたくない人がしてるんだ。 南風は15秒間隔ぐらいにごおっと大きい音を立てて、 いろいろな音や声や、ものやゴミをさらう。 ぼくのちっぽけな悩みも、さらってくれたらいいと思う。 あくびをかみ殺して、少し涙目にもなる。 雲なんてまるで知らないよ、と微笑む空は、ちょっとだけやさしくも見える。 「優しいのになぁ」 やさしいけど、雨はやまない。 優しさが、救いにならない時もある。 後ろを振り向きたくはない。 少なくとも、今だけは。 ぎゅ、と顔をこわばらせて、ぼくは目頭からこぼれたしずくを拭った。 ピロリロリン、と味もそっけもない着信音が聞こえたのは、 それからどのくらい経ってからだろう。 いつのまにか青は茜に変わって、気温も下がって、空は雲を思い出した、と笑う。 ぼくの心にはまだしつこく雨がふり続いているが、 一番大事なところに、突貫工事の傘がとりつけられた。 雨の余波でうっかり流れた涙は多分、もう出ない。はずだ。 しっかりと染まっていく空を見ながら、ぼくはやはり柵にもたれ、南風を追う。 そういえば、昨日まで風邪を引いていたんだった。 『なんだか、身体じゃなくて心が引いていたみたいだ』 そんな、心の中で浮かぶおかしい思いを南風にさらわれながら、 ぼくも雲を生むように、ケタケタと笑った。 恋や愛?就職?人生の岐路?喧嘩のその後?その内容は、どれでも、なんでも。 BACK |