「これ、あげる」 ありきたりな一言、差し出された手、そこに乗ってる、変哲のないもの。 ぶっきらぼうで愛想のよくない声はいつもと変わらないまま、おれの前に存在している。 「・・・・何だこれ」 思わず吐きだす、むなしい声はおれの声。 差し出すものをつまみ上げて、目の前でいぶかしく見つめてみる。 それは別に特筆することもない、ただのピンバッチ。 丸い形に赤い色のそれだけの、二センチもない、柄もない小さいやつ。 「・・・いらない」 しばらくそれを見回したあとで、相手に向かってつき返す。 おれが相手から貰う理由も、相手がおれに渡す理由も考えつかないし、なによりおれには必要ない。 鈍く手を伸ばし、受け取ったままの手つきで差し出すものの、その先には何もなかった。 いつの間にか相手の手はポケットにしまわれて、少し怒った顔があるだけだ。 「いらない?」 憤慨した顔についてくるのは、もちろん憤慨した声だ。 気難しい性格がそのままになって、低い声として出てくる。 「あ、いや」 取り繕うように、おれは出した手をほんの少し引っ込めて、言い訳まがいの言葉を出す。 相手は相変わらずバカみたいに、こっちにきつい目線を投げかけてくる。 おれは目を泳がせて、引いた手をわざとらしく閉じた。 「えー、じゃあ、・・・頂きます」 ひどい言い訳にもなるような、遅い承諾。 きつく握った、中途半端な手はなんともおれの気を滅入らせる。 これから先起こること、そんなものは、想像したくもない。 「・・・・・・・」 相手の無言の重圧と刺すような目は、おれを蜂の巣に撃って撃って撃ちまくる。 穴だらけになっていくおれは、それでも気を張ってそこに立った。 ただでさえ厄介なこいつの機嫌は、一旦負に感情が動くとどうやってもおれの力じゃ元に戻らない。 だからおれはぎこちなく気を使って、その前にご機嫌を取ろうとする。 それでも、そうやって気を使うときにはもうどうやっても手遅れなことを、おれはいつまでたっても学習しない。 いつだって間抜けにご機嫌をとっては、間抜けに玉砕する。 「・・・別にいらないなら捨ててもいいから」 そしてまた、玉砕だ。 半ば捨てぜりふのような言葉の後に、案外きれいな回れ右がおれの前で展開される。 相手の背中が遠くなる。靴音がむなしく響く。 ちいさな感触がある右手は、動くのを忘れたように固まったままだった。 おれはゆるい猫背の姿勢を保って、ずっとそこで立ち尽くしていた。 たったの二センチごときに振り回されるおれ。 悲しすぎて、涙も出ない。 NEXT |