「どーすっかなあ・・・」 赤いピンバッチは、それからおれの右手を離れなかった。 随分時間が経って、電車に乗って、家に帰って、今になって、まだピンバッチは右手に居る。 人差し指と親指で、くるくると変化のない柄を左右に回す。 安っちい机の上で頬杖をつきながら、おれはなんとも孤独に途方に暮れている。 「こんなの貰って・・・」 『プレゼント』という響きがあそこまで似合わない人間は、周りを見回してもそうそう居ない。 いつでも仏頂面のいつでも無愛想、ついでにサディスト。 そんな短所の塊に贈り物をされたおれは、多分、心底ついてない。 「こっわーい・・・・・・・」 手で転がすバッチを見ながら、更に小さく言葉を漏らす。 今、あまりにも騒がしい脳みその中で、唯一透き通ってる言葉はこれだ。 あいつに借りを持たせるなんて、それがどんなに怖いか、おれには見当もつかない。 あいつがどんな目的でおれにプレゼントなんてものをするのか、おれにはどうにもこうにも分からない。 「あーもう、分かんねえ」 そうしてあまりにも脅えきったおれは、考えることを放棄した。 頭も身体も、有る源を全部使い切ったみたいに疲れてる。 敷いたままのせんべい布団に倒れこんで、おれはゆっくり目を閉じた。 瞼の裏の、暗闇の中でチリチリ唸る光の残像。 それを目で追いながら、細く眠りに落ちていく。 右手に残るバッチ、円の感触、ぬるい温度。まどろみの隙間の中で、ゆらゆらと揺れる赤色。 それは、なんだかどうしようもないおれを馬鹿にしているみたいに思えた。 おれは浅い眠りの中で、赤々しい夢を見ていた。 おれの目の前で赤が薄ぼんやりと佇んでいるだけの夢だ。 『何か用?』 夢の中のおれは、あまりにもと言ったらあまりにもな台詞で赤に挑んでいる。 赤はゆらゆらと微かに揺れるだけで、何の反応もない。 『言いたいことでも?』 意外にも、夢の中ではおれは強気な男だった。 滲んだインクのように、目の前で肥大していく赤に何ともとげのある声で質問を投げかける。 いつものおれからは想像もつかない。さすが、夢の中だ。 『なんなんだよ、お前はよ』 ゆらりと揺れ、赤はじれったそうに体みたいなものを震わせた。 どうも喋れないらしく、形だけを変えてゆさゆさと何かを訴えるように波打つ。 『だから、分かんねえっつの』 おれが現実の最後に口走った言葉が、もう一度発せられる。 夢の中でも、現実でも、分からないことだけは変わらないらしい。 赤色はそのうち何も感じ取らないおれに愛想をつかせて、また波打って消えた。 おれは何もない真っ白な空間に放り出されたままで、ぽつんと立ち尽くしていた。 目が覚めるまで、おれはずっと、そのままだった。 NEXT BACK |